■ ソフトウエア産業論
■著書
「ソフトウエア危機とプログラミングパラダイム」( 1992年 発行 )
→ 目次
の12.3.1から引用
第12章 パラダイム雑感
12.2 ソフトウエア産業論
12.2.1 ソフトウエア産業
ここでは、第3章で述べたようなソフトウエア危機回避のためのドラスティックなシナリオ案に対応する技術の位置付けを明確にするために、ソフト産業の進化過程を表12.1のような図式でとらえる。この分類では、必ずしも世の中一般の用語の定義と一致しない部分もあるが、あえて単純な図式を作ってみた。
(1)労働集約型産業
現在のソフトウエア産業の大部分に相当する労働集約型産業においては、生産コストあたりの生産量という生産性の効率向上が重要である。ここで最も重要なメトリックスは、ステップ数/人月あるいはステップ単価である。メ?カは、CASEツ−ル等を用いて自動化率を向上させ、人海戦術からの脱皮の努力をしている。しかし、この尺度の致命的欠陥は、ソフトウエアの価値(質)を規模(量)ではかることである。ソフトウエア産業の未熟さは、ソフトウエアの価値をステップ単価や工数(人月)でしか計算できないというソフトウエアメトリックスの未熟さに起因している。
(2)知識集約型産業
ソフトウエアの生産性は本来以下のように定義されるべきである。
ソフトウエアの生産性=生産物の価値/生産コスト
「生産物の価値」はユ−ザの視点で決まるべきものであり、高品質のソフトやベストセラ−のアプリケ−ションパッケ−ジの価値は高い。このようなアプリケ−ションパッケ−ジの開発には、業務の知識と情報処理技術の双方が必要で
ある。
いま、大まかに現状を把握するために、生産物の価値の代わりに売上高に着目し、生産コストの代わりにその大部分を占める人件費に対応する従業員数を用いると、従業員一人当りの売上高という指標がえられる。この指標で過去10年間を振り返ると、売上高が約7倍に対し、わずかに2倍弱程度である。売上の伸びが従業員数の伸びで支えられているという労働集約型産業の実態がよくわかる。
今後、アプリケ−ションソフトウエアのビジネスは、システムインテグレ−ションの方向に発展していくと思われるが、この場合、業務の知識と情報処理の知識をノウハウとして蓄積することが必要である。
(3)知恵集約型産業
情報処理システムが、業務の効率化ではなく、経営戦略の実現に用いられるようになると、ソフトウエア開発も、効率よりも効果が重要視される。SISやBISでは、何を作るかが最も大事であり、それを決めるのは業務専門家である。業務専門家が知恵をしぼって意思決定支援などの非定形業務用ソフトウエアをタイムリ−に作っていくためには、エンドユ−ザ自身が開発でき、かつ保守拡張ができる必要がある。
このようなエンドユ−ザコンピュ−ティングを実現するためには、そのためのツ−ルや環境を提供しなければならない。自動化ツ−ルや標準パッケ−ジなどの情報処理技術を統合した上に、きめ細かく分類された応用分野対応( domain-specific, application-oriented )の業務の知識に基づいた使い勝手のよい環境の構築が必須である。潜在ユ−ザとしての業務の専門家の数を考えると、市場規模は現在の情報サ?ビス産業のそれ(数兆円規模)を大きく上回
ることになる。
12.2.2 ソフトウエア異質論
ハ−ドウエア産業の華々しさとは対照的に、ソフトウエア産業はいまだに未成熟である。長い間、ソフトウエアの生産技術がハ−ドウエアのそれとのアナロジ?で語られることが多かった。「ソフトウエア工場」、「クリ−ンル?ム方式」、「導通試験」、「設計と製造の分離」、「部品化」などの概念や用語が用いられてきた。
しかしながら、実際にはソフトウエアはハ−ドウエアとは異質な特徴をもつ。文化と文明、精神と物質、論理と物理など、いろいろな視点でその違いを語りえるが、現実面での決定的な違いは、ハ−ドウエアに比べてソフトウエアは見
えない部分が多いため、定量的なもの差しが少ないことである。ソフトウエア産業を真に「産業」たらしめるために、そして、ソフトウエア工学を真に「工学」たらしめるためには、第一にソフトウエアの生産に関与する諸要因を観測
可能にすること、第二にその観測デ?タを科学的根拠のあるもの差しを用いて評価可能にすることが望まれる。ソフトウエアで解決しようとしている問題に関する評価、ソフトウエアそのものの多面的評価、開発者の能力に関する評価、工程管理に関する評価、ツ?ルや環境に関する評価など、ソフトウエアメトリクスの対象はあまりにも多い。
12.2.3 パ−セプショントランスファ−
日米のハイテク技術比較で5年先、10年先も米国がリ−ドしている分野として、医療、宇宙航空と共にソフトウエアが挙げられているが、ソフトウエア危機の問題は、一つの国の産業の問題としてではなく、いまや地球規模の問題として解決していかなければならない。
この分野のブレ−クスル−技術を生み出すためには、ソフトウエア科学、ソフトウエア工学、ソフトウエア産業、エンドユ?ザの協力が必須となろう。しばしばテクノロジ?トランスファ(技術移転)の難しさが指摘されるが、その前にお互いのパ−セプションギャップ(問題認識の溝)を解消することが重要であり、テクノロジ−トランスファとは逆方向のパ−セプショントランスファ(問題認識の移転)が鍵となるように思われる。