CASEジャパン'93セミナー(1993.7.16)資料 → 原本コピーはこちら
CASEの多視点考察
-CASEが不要な社会は来ない-
中 所 武 司
明治大学 理工学部 情報科学科
chusho@cs.meiji.ac.jp
概要
CASEは「効率的な生産」ではなく、「効果的な生産物」を追求しなければならない.
1.はじめに
・ソフトウエアは情報化社会のキーテクノロジーである.
・ソフトウエアは情報化社会進展の阻害要因になっている.
・ソフトウエア技術の未熟な情報化社会は”あかるくらい”社会である.
・CASEはソフトウエア技術のパラダイムシフトを促すイノベータでなければならない.
2.CASEの位置づけ
2.1 ツール史の視点から(CASEメーカの立場)
CASEは、下記のようなソフトウエアツール発展の連続的な流れのなかにあり、突然誕生したり、なくなったりするものではない.勿論言葉のはやりすたりはある.
・ソフトウエアツールの歴史は、プログラム内蔵方式のコンピュータの最初からあった.
・70年代は、下流のプログラミングツールの個別開発が中心だった.(ツールボックス型)
・70年代は、上流の要求定義技法、設計技法は方法論と仕様表現技法の開発が主で、それらのツール 化は不十分だった.
・80年代前半はプログラミングツールの統合化、すなわちプログラミング環境の開発が進んだ.
・80年代後半は、ワークステーションの進歩と共に、上流の技法のツール化が始まった.(CASE という用語の誕生)
・90年頃には、情報処理技術者の不足(または技術不足)とアプリケーションソフトウエアの複雑化 の挟み撃ち(教育的ギャップの拡大)にあって、CASEへの期待が技術に先行した.
ソフトウエアツールはこれまで自動化による生産効率を追求してきた.CASEがめざした上流工程は、モデリング技術(仕様化技術)が基本であるが、モデルの表現技術(お絵かきツール)にとどまっている.業務モデルから計算モデルへの変換の自動化は達成していない.
2.2 社会的要求の視点から(エンドユーザの立場)
情報化社会の進展に対応して、「規模」と「量」と「質」を克服するソフトウエア技術が求められている.その典型的なものとして以下の3項目がある.
(1)大規模高信頼ソフトウエアを早く作って、長く利用する技術(グローバル化への対応)
(2)使い勝手の良いソフトウエアを簡単に作って、どこででも利用できる技術(パーソナル化への対応)
(3)機器制御用のソフトウエアをハードウエア技術者が簡単に作れる技術(インテリジェント化への対 応)
CASEの主要な目的は第1の課題への対応だったが、上流工程での仕様の形式化が確立していないため.人と人のインターフェイスの柔軟さ(あいまいさ)の弱点を克服できていない.
2.3 ソフトウエア産業論の視点から(CASEユーザの立場)
ソフトウエア産業の進化過程を以下の図式(表)でとらえる.
表 ソフトウエア産業の進化過程
産業の形態 |
主要な技術職 |
主要技術 |
労働集約型産業 |
プログラマ |
自動化 |
知識集約型産業 |
システム設計者 |
標準化(パッケージ化) |
知恵集約型産業 |
業務専門家 |
エンドユーザコンピューティングツール |
自動化による生産効率を追求したCASEは、労働者の技術水準が低いという労働集約型産業の弱点を克服できていない.
3.CASEの方向性
情報のグローバル化と情報のパーソンナル化の同時進行という情報化社会のマクロなトレンドの中で、ソフトウエアの作り方に関してパラダイムシフトが起きつつある.分散化、オープン化(標準化)に対応して、CASEの目標が変わってくる.
(1)ツールの視点では、アプリケーションソフトウエアの標準アーキテクチャそのものを提供していく 必要がある.
(2)エンドユーザの視点では、業務モデルの仕様化を可能とする分野別アプローチをとる必要がある.
(3)産業形態の視点では、知識集約型、すなわち業務の知識に基づく標準パッケージ化のアプローチを とる必要がある.
4.おわりに --オブジェクト指向技術への期待--
分散化、オープン化、マルチメディア化に対応して、アプリケーションソフトウエアのアーキテクチャの階層化と各階層での部品化による標準インターフェイス化が進んでいる.この実現方式として以下のような観点でオブジェクト指向技術が有効と思われる.
・同一モデルによる分析、設計、製造の各開発方法論(OOA、OOD、OOP)の統合
・データ抽象化機能によるソフトウエアの部品化の促進とマルチメディアデータへの対応
・クラスライブラリによる分野別知識の再利用
・メッセージ送信方式によるAPIの標準化
・分散協調型計算モデルによる分散実行環境と分散開発環境の実現
等々.
参考文献
1)中所:”わかりやすさ”を追求すればオブジェクト指向になる、CASEジャパン'92セミナーテキスト.
2)中所:エンドユーザコンピューティング ーソフトウエア危機回避のシナリオー、情報処理、32、8、950ー960、1991
3)中所:使いやすいソフトウエアと作りやすいソフトウエア ーオブジェクト指向概念とその応用ー、電気学会雑誌、110、6、465ー472、1990.
4)中所:ソフトウエア危機とプログラミングパラダイム、啓学出版、1992.
<本パネルの11の課題へのコメント>
●日本型CASE:日本型=談合型、米国型=契約型という意味では、日本型の開発方法はやめるべき時 期に来ている.
●曖昧な仕様:多くの失敗経験から仕様の形式化の重要性に気付くべき.
●効果の評価尺度:パラメータが多く、生産効率の定量化は難しい.
むしろ、効果的な生産物の導出に価値をおくべき.
●データ交換形式:必要だが、技術の先読みが難しい段階では時期尚早かも.
●標準化活動:21世紀へ向けた社会投資として積極的に推進すべき.
ただし、各国、各企業の利益ではなく、地球規模の観点で.
●情報モデルの確立時期:情報と情報処理に関する基礎研究が必要.当面は特定分野の業界標準化が先行.
●プロセスプログラミング:同上
●リエンジニアリングの実現:作り方のパラダイムシフトが先行すべし.
既存ソフトウエアのターミナルケア(末期医療)はほどほどに.
●オブジェクト指向技術の将来性:上記4.参照.代替案がないのだから可能性を追求すべき.
●CSCWツール:距離と時間のギャップを解消するのは電子メールのたぐい(テレビ、ファックス、電話、 ビデオなど)が主.
むしろ本質的な機能は、相手が隣にいても役に立つようなコンピュータによる支援.
●国際品質保証規格:CASEには追い風.製造物責任法による無過失責任の免罪符になるかも.
以上