明大中研 CS-life 〜コンピュータによる豊かな生活の実現〜

CS-life 〜コンピュータによる豊かな生活の実現〜

SINCE 1994.3

... コンピュータによるより良い生活"CS-life"の実現のために「すべての日常的仕事は コンピュータが代行するべきである」という視点から,「エンドユーザが自分のエージェ ントを自ら作り,自ら利用するためのツール」としてのアプリケーションフレームワーク wwHwwを提案した.CSという略語からは"Customer Satisfaction", "Client/Server", "Communication Satellite", "Computer Society", "Computer Science"などが連想され ,興味深い....

文献「wwHww:分散オフィスシステムのためのエンドユーザコンピューティング向き オブジェクト指向モデル、情報処理学会ソフトウェア工学研究会資料、 94-SE-97(Mar.1994)」から

1994.11 コンピュ-タソフトウェア(日本ソフトウェア科学会) 巻頭言 →(内容)


今,新しい時代にふさわしい新しいソフトウェアの作り方が求められている. これまでは,ハードウェアに合わせてソフトウェアが開発され, そのソフトウェアに合わせてエンドユーザがコンピュータを利用してきた. この「初めにハードウェア(機械)ありき」という発想は, ハードウェアが高価だった時代にはそれを最大限に活用するために当然であった.

しかし,年間数百万台のパソコンが国内で売れているというインターネットの時代には 「初めにエンドユーザ(人間)ありき」という発想へのパラダイムシフトが必要である.筆者はこれを「コンピュータによる豊かな生活の実現」という意味でCS-life(Computer-Supported Life)と呼んでいる.このCSから連想される次のような言葉遊びを通じてCS-lifeについて述べたい.

最初のCSCWとはComputer-Supported Cooperative Workの略称である. 重要な研究分野として本書でも言及したが,むしろその発展として, コンピュータによる豊かな生活の実現を優先したい. 仕事の効率化のみならず生活を豊かにすることにもっと知恵を絞ってはどうか. 情報化社会のエンドユーザとしては,オフィスでのパソコンの利用者の数よりも 家庭生活で電話や銀行のATM端末を利用している一般の人達が圧倒的に多い. このようなエンドユーザのための市場規模がはるかに大きい.

2番目はソフトウェア工学の技術移転に関する課題である. 技術移転は単純な図式で表現すると,

ソフトウェア科学 → ソフトウェア工学 → ソフトウェア産業 → エンドユーザ

という流れになる.論文になった新しい技術が実用になる道のりは意外とけわしく, 早くても10年はかかるが,それは一握りの成功例にすぎない.技術移転の難しさの 原因の1つはエンドユーザの視点の欠如ではないだろうか.というのは, 研究開発には,

エンドユーザ → ソフトウェア産業 → ソフトウェア工学 → ソフトウェア科学

という逆方向への問題認識の移転が重要だからである.ソフトウェアの研究は, 他の分野以上にエンドユーザの視点に立って,身近なところから始めて本質に迫る というアプローチが必要ではないだろうか.

3番目は,一方のCSは情報化社会または市場を意味し, 他方のCSはコンピュータ関連学会または業界を指す."CS supports CS." といえば, どちらがどちらになるだろうか.プロ野球界では「投手が打者を育て, 打者が投手を育てる」と言われる.われわれの世界も「未来学 やってるつもりが 考古学」とならないように,エンドユーザの視点に立つという気持ちを忘れないで いたいものである.

本書では,できるだけ「エンドユーザ指向」の観点でソフトウェア生産技術について 述べてきたつもりである.ソフトウェア工学における90年代を特徴づける オープンシステムとオブジェクト指向技術の歴史的な出会いも, むしろエンドユーザ指向という流れの中での歴史的必然であったと思われる. 筆者は,パラダイムシフトの第6段階のソフトウェア革命の完成がいつになるかを 知らない.本書が,その遂行者たる若い人達の参考になれば幸いである.

著書「ソフトウェア工学 -オープンシステムとパラダイムシフト-」
 (朝倉書店、1997.5)の”あとがき”から。